「教育を受けられない」とは、どういうことか。

よく「子どもが教育を受けられない」ということが大きく問題として取り上げられますが、一体なぜそこまで大きな問題なのだろうかと考えたことはないでしょうか?

実は僕も、
教育を受けられない=職業の選択肢が限られる
くらいに考えていて、教育の可能性を十分に理解していないひとりでした。

今回は、マレーシアで10年以上ボランティアをされている方に、教育を受けられない状況がもたらす悪影響についてお話を伺いました。発展途上国で生まれ育った僕らには到底理解し難い世界なので、一度頭を空っぽにして聞いてください。

道徳意識の欠如

まずは当たり前の話ですが、教育を受けていないため、何ならやっても良くて、何はやってはいけないのかを理解することができません。もちろん、生活の中で最低限のモラルを学ぶことはあったとしても、自分自身の判断で適切な行動を見極めることができません。例えば、親が盗んで良いと言ったら盗んで良いし、暴力を振るって良いと言えば振るって良いと理解してしまうのです。そうした子ども達が大人になった時にどのような教育をするのかは明らかですよね。

つまり、この悪循環はどこかで止める必要があり、それは子どもだけではなく親を含めた大人達に対しても教育が必要だということなのです。

性教育の欠如

教育不足による影響の中でも深刻なもののひとつに、性に対する意識や家族計画の必要性などを、学ぶ機会もない点が挙げられます。つまり、自分の収入を考えてどのくらいまでなら子どもを養うことができるのか、また自分の養えない範囲を超えて子どもを増やさないためにはどうやって避妊すればいいのかを考えない/知らないのです。

これにより、親に捨てられて孤児となる子どもや、家族を支えるため10歳に満たないうちから働くような現実が生まれてしまうのです。これは、学校に通うことへの阻害要因ともなるため、さらなる教育の遅れにも繋がってしまいます。

女性や子どもの軽視

これは上の「性教育の欠如」とも繋がるのですが、宗教教育や道徳教育の遅れから、女性や子どもに対する差別が生まれることも少なくありません。

ひとつエピソードとしてお話すると、マレーシアという国ではムスリムの人々は国からの様々な支援を受けることができます(マレーシアの身分証明証には自分の宗教を書く欄があるのだとか)。そのため貧しい村などでは、キリスト教徒でありながら、ムスリムへと形式上改宗する人が少なくないそうです。そして、「ムスリムの一夫多妻制度」などを利用して何人もの奥さんと子どもを作り、いらなくなったら捨てるというようなことが少なからず起こっているというのです。

もちろん、恥ずかしながら日本でも女性蔑視などのニュースが今でも取り上げられていますが、これとは比べ物にならないほどの次元で当たり前に行われているということです。残された子どもと母親は稼ぎもなく、この場合も子どもが若いうちに働きに出たりと、未来を担う子どもの可能性を潰してしまうことになるのです。

法律の重要性を理解できない

「不法移民」や「不法取引」など、「不法」に何かを行なっている人は世界中にいるというのが現実です。そしてそれに関わる人は、教育を受けていないために「合法」であることの必要性を十分に理解できていない可能性が考えられます。生まれながらに警察に追われる身であり、「合法であること」と「不法であること」の境目がない彼らにとっては、そもそも法律というものが人々の生活を守るためにあるということを理解することは到底不可能なのです。

マレーシアの不法移民を例にだすと、彼らにとっては自分たちの存在が不法か合法であるかは大きな問題ではなく、「面倒な手続きがあったとしても、合法になれば警察に追われることもないし、できることももっと広がる」というのはピンと来ないのかもしれません。

限られた情報だけを信じてしまう

限られたコミュニティで生き、教育がおそろかになってしまっている場合、そのコミュニティで習ったことが、彼らにとっての「正解」になるのは想像するのも難しくないかと思います。そのため、どれだけ有益な情報を与えられたとしても、外部からのアドバイスは信じられず、仲間内の質の悪かったり、危険の伴う方法を選んでしまうことがあります。

例えば、外部からのボランティアなどにより支援が打診されたとしても、内部の人々の間でもっといい方法があると言われればそちらに流れてしまうことだってあります。こういった状況は、ボランティアなどによる支援や協力をより難しいものにしてしまうのです。

まとめ

このように、教育ひとつをとっても様々な形で人々の生活に影響を与えていることがわかります。幼稚園から高校生や大学生まで教育を受けられる環境が当たり前の僕らにとって、「教育」をとても高度なものとして捉えられがちなのかもしれません。しかし、教育は読み書きや計算の能力だけでなく、僕たちの考え方の根本となる部分を作っているのだなと改めて感じただけでなく、教育を受けることができない環境にある子どもたちを支援することの必要性をより一層感じました。

今回は5つのポイントを挙げましたが、教育が持つ力はもっともっと大きく、人々にとって欠かせない存在なのだと再認識するいい機会になりました。


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